Monthly Archives: July 2011

写真救済プロジェクト

English


0930 読売新聞[「思い出」6000枚輝き再び


想い出は流れない。

このプロジェクトの発起人は、高井晋次さん。
高井さんも津波被害に遭い、
営んでいた気仙沼のイチゴ農園が全滅となる被害を受けた。

ことの発端は、復興活動に従事る自衛隊が、瓦礫と写真をより分けている。
という、話を聞いたことからだという。

気仙沼の体育館に集められた写真で、
今も所有者が判らないモノは、120万枚に及ぶという。

気仙沼の体育館 体育館に運ばれた写真

写真の洗浄は、
まず、泥にまみれた写真を、アルバムから剥がすことから始まる。
水で丁寧に泥を落としながら、水道水で二度洗いをする。

写真洗浄

洗った写真は、トレイに移して専用の乾燥機にかける。

トレイに移された写真 写真乾燥機

損傷の激しい写真は、乾燥機にかけずに陰干しする。

陰干し1 陰干し2

綺麗になった写真を、アルバムに収納する。

アルバム収納1 アルバム収納2

アルバムは避難所となっている気仙沼市階上中学校に運んで、
そこに設置された「思い出ハウス」に展示され、閲覧可能となる。

思い出ハウス

「思い出ハウス」には、ご位牌や、その他の記念品も保管されている。

位牌 思い出ハウス

「去る人日に疎し」という。
長い年月の中、故人の想い出すら薄れてゆくのは余りに悲しい。
また、これから復興に立ち向かわねばならない人々にとっても、
過去の想い出は大切なモノだ。
いつか、更なる困難にブチ当たった時、
きっと、想い出が疲れた心を、励ましてくれるに違いない。
とても、素晴らしいプロジェクトだと思う。

「人の噂も七十五日」という。
被災地から離れた首都圏では、復興への関心が薄まりつつまる。
しかし、7月も終わりに近付いた今でも、
気仙沼の廃墟群は、津波の爪痕を残したまま佇んでいる。
こうした活動が継続して続き、新たな一歩になれば素敵だ。

車窓の風景

Storage Shad 流された記録 写真救済プロジェクト

Photo by Aya Fujishima


 
読売新聞 「思い出」6000枚輝き再び

津波受けた写真洗い持ち主へ

被災地で見つかった写真を洗浄すする「育て上げ」ネットのメンバーら

被災地で見つかった写真を洗浄すする「育て上げ」ネットのメンバーら ニートなどの若者を支援しているNPO法人「育て上げ」ネット(立川市)が7月から、東日本大震災の津波で汚れた写真を洗い、アルバムに入れて持ち主に返すボランティア活動を続けている。「生きた証しを持ち主へ」。そんな思いでメンバーらが汚れを落とした写真は3か月で、約6000枚に上る。

 結婚式でキャンドルサービスする若い2人、運動会の行事、旅先での記念撮影――。同市高松町の同法人事務所には、泥にまみれた写真がずらりと並ぶ。スタッフらは、写真をバケツにくんだ水に浸しながら、指で一枚一枚丁寧に汚れを落とす。その後は、ひもに洗濯ばさみでとめて乾かす。写真をみて涙ぐむ人もいた。「一枚一枚が重い」。スタッフの一人は話す。

 これまでに作業に参加した人は延べ約180人。同法人のスタッフや訓練中の若者のほか、口コミを通じて手伝いに来てくれた人もいる。役に立ってほしいと、ゴム手袋やマスクなどを寄付してくれた小学校もあったという。

 「気仙沼復興協会」(宮城県気仙沼市)の高井晋次さんが進める写真救済プロジェクトに賛同するかたちで、作業をはじめた。「現地に行けなくても、できることはあると考えた」と同法人の深谷友美子広域担当部長は参加の経緯を話す。

 同協会の高井さんによると、同法人などの支援で、きれいにされた写真は、気仙沼市内の体育館に並べられており、1日約100人が写真を捜しにやって来る。がれき撤去が進むにつれて写真も相次いで発見されており、まだ5000枚以上の写真の洗浄が終わっていないという。

 高井さんは「汚れた海水につかった写真は早く洗わないと劣化が進むので時間との闘い。(同法人は)随時、作業に応じてくれるので、本当に助かる」と話す。

 ボランティア活動を進めるうえで、写真の郵送料を負担したり、人手の点で苦慮している面もあるが、同法人の工藤啓理事長は「遠隔でも役に立てることもある。今後も続けていきたい」と話している。

(2011年9月30日 読売新聞)

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松島湾の復興

English

News 松島湾
宮城県松島湾の牡蠣養殖の歴史は古い。
西暦600年、牡蠣の稚貝を海面に散布したのが始まりと言われている。

宮城県におけるかき養殖の歴史

この歴史ある養殖場が、震災による津波で壊滅的な被害を受けた。
船は流され、養殖施設は見る影なく破壊された。
写真は、野蒜で牡蠣養殖を営んでいた、漁師さんから頂戴したモノである。

松島湾 松島湾

撮影は未だ寒い、5月頃だという。
被害に遭った漁師さん総出で、海に散らばる瓦礫を拾い集め、
養殖に使われた竿を拾い、荒れた海面を整えている。
しかし、7月になった今でも、その漁師さんは仮設住宅に住み、
養殖再開の目処は、全く立っていないという。

牡蠣養殖場

牡蠣は、森林の腐葉土から栄養が湾に流れこみ、
多くのプランクトンが発生する。
その淡水と海水が混じる海域で、繁殖する。
松島は、まさに豊な漁場だった。
しかし、森林すら津波が削り取り、
山を取り戻すには、気の遠くなる時間を要する。

松島湾 松島湾

松島の牡蠣養殖の真の復興は、
漁師の設備や養殖場が戻るダケでなく、
森林を含めた、地域の自然すべてが戻らなければ、
有り得ない。

松島名物の牡蠣が、本当の意味で復興を遂げるのは、
あと、何年先のことだろうか。

ひびき工業団地

[English]

News 仮設住宅
「お好み焼き」の炊き出し隊に同行して、
入居者に『種花』の協力を、お願いしてきた。

7月10日現在、東松島市「ひびき工業団地」仮設住宅は、
224世帯にのぼる。
それでも、未だ住宅が足りず、
避難所生活を余儀なくされている方も多い。

地図 仮設住宅 住宅の暮らし

仮設住宅の間取りは四畳半二間。
そこに、五人家族で暮らしている世帯もある。
電気、ガス、上下水道はあるが、
冷暖房は一室のみで、トタン一枚の壁では、
夏場や真冬は、厳しいに違いない。

当日は、気温35度。
震災以来最大の余震もあり、更に津波注意報まで流れた。
決して、安心して暮らせる状況ではない。

炊き出し風景 炊き出し風景 お好み焼き

炊き出しは二時間で、500食以上がはける好評ぶりで、
こうした、些細な日常の変化が、そこで暮らす人々の、
心の拠り所にもなる。

仮設住宅での高齢者の孤独死が問題となる中、
今後の復興は、被災地の再建と共に、
こうした、娯楽イベントでのコミュニティ交流が、
必要不可欠ではないか。

仮設住宅に咲く花