野蒜駅

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9月11日(日曜日)東日本大震災、六ヶ月を迎える。
野蒜駅は、東松島地域の、震災後半年を綴る上で、
象徴的な場所と言えるだろう。

野蒜駅

2011年3月11日 午後2時46分 東北地方太平洋沖地震 発生

マグニチュード9.0の地震が、日本を震撼させた。
家屋は倒壊し、周囲で停電が起こる。

2時47分に止まった時計

2:47で停止した時計(右上)

駅の入り口に掲げられた時計(写真右上)は、地震が発生した1分後の2時47分で停止している。
恐らく、時計が電気制御のため、停電や断線によって停止したモノと思われる。
その時、仙石線は野蒜-東名間を運行していた。列車は地震と、その後の津波によって脱線した。



午後4時頃、津波被害発生

地震による津波は、観測史上まれに見る速さで到達したといわれている。
その高さは、野蒜に最も近い鮎川験潮所で7.6メートル以上を観測しているが、
その後、験潮所が津波で破壊されたため、正確なデータは計測されていない。

駅構内の時計 駅員室 駅改札

津波被害は、甚大だった。
この震災で亡くなった方の約9割が、津波による水死と、推定されている。
この津波到達までの、僅かな時間が生死の明暗を分けた。

津波避難サイン

指定避難所とされている『野蒜小学校』で、この後に起こった悲劇は、
過去の記事で触れている。[野蒜で何が起こったか




トモダチ作戦

津波被害は、近くにある航空自衛隊松島基地を壊滅させた。
・河北新報[空自松島基地 機能回復せず

地元自衛隊が壊滅的な打撃を受ける中、日本全国の自衛隊が被災地に出動し、
被災者の救助や、避難所への炊き出し、
行方不明者の捜索や遺体の回収に当たった。
・AFP[【写真特集】震災被災地で活動する自衛隊員ら

その最中、4月5日より米軍によるトモダチ作戦が決行される。
仙石線も、4月21日より、在日米軍と自衛隊の共同作戦として決行された
「ソウルトレイン作戦(米軍名)」で、脱線した車両や、
被災した路線の復旧作業に当たった。
・読売新聞[日米共同、仙石線復旧へ「ソウルトレイン」作戦

7月16日までに、多くの区間が復旧開通したが、
野蒜駅の復旧は、未だ手付かずである。
不通区間は、バスが運行しているが、その本数は充分と言えない。

仙石線ホーム 線路 ホームの花

宮城県東松島市の避難所は、全て閉鎖され、
多くの被災者が、仮設住宅での生活を送っている。
車を失った方々においては、移動の手段すらないのが現状で、
コンビニ近くの仮設住宅に応募が殺到するなど、
「仮設格差」も、生まれ始めている。
今後、訪れる冬に向けて、被災地への、
「温もり」の支援が、必要とされている。

未来へ

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