Monthly Archives: March 2012

東松島のワカメ

平成24年度4月1日から、
食品中の放射性物質を規制する基準値が見直され、
一般食品で、5分の1。
乳児用食品で、10分の1に、変更される。

その理由として、
より一層、食品の安全と安心を確保する観点から
と、厚生労働相は、資料の中で説明している。

食品の放射性物質の
新たな基準値について
』(厚労省PDF)

また、その検査方法も法令で、
様々、指定される様になった。

食品中の放射性物質の試験法の取扱いについて

これにより、福島第一原発の隣接県等は、
独自に、より厳しい基準を設け、
更に、各生産者団体も、様々な対応を検討している。

放射性物質検査を考える (農協新聞)
水産物セシウム新基準値に対応 宮城県が連絡会議設立

その中で、『東松島のワカメ』も、販売を開始し、
間も無く、旬を終えようとしている。

被災地から届いたワカメは、
下欄写真のように先日、送られて来た。
東松島ワカメ

塩蔵ワカメ ワカメの茎

上記のワカメは、漁協および企業による、
二重の検査を受けて、市場に送り込まれた。
ワカメの放射能検査値
ワカメの収穫は通常、3月末までといわれ、
最盛期は終わったが、
今後、被災地では、新たな収穫を迎える農海産物について、
更なる対応を迫られる事となる。

長引く原発事故の影響は、
農地や海洋の汚染に留まらず、
対応に追われる生産者にも、多大な影響を及ぼしている。

今後は消費者、生産者、双方の慎重な対応と、
正しい知識が求められる事になるだろう。

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素振りぶんぶん

去る3月11日、千葉県のグランドに被災地の子供を招いて、
「復興祈願 素振り50回」という催しが行われた。
にこにこ野球育成会

素振りぶんぶん

この催しには、東松島・野蒜小学校の子供たちも招かれ、
寒さを吹き飛ばす程、元気よくバットを振っていたという。
最初、スタッフが宮城に迎えに行った時、
子供たちは、随分シャイな様子だったが、
一泊を千葉で過ごし、大会当日にはスッカリ打ち解けて、
元気な笑顔を見せていたという。

素振りぶんぶん 素振りぶんぶん

主催に関わった一人は「いつかギネス記録へ挑戦したい」と、語りながらも、
「子供たちを置き去りにした“イベント”になってなかっただろうか」
と、自問自答している。
野蒜の高台移転を含めた復興には、最低5年はかかる。
今、12歳の小学生が、その頃には17歳になる。
ここに参加した子供たちが、甲子園の土を踏むこともあるだろう。
その時、その子供たちが、本当の意味での、
復興の狼煙を上げるのかも、知れない。

復興祭。

本日、2012年3月11日。各地で追悼式典が催された。
それに先立って、10日。
東松島でも、復興祭が行われた。

陸前小野での、コンサート&炊き出しの模様が届いた。

炊き出し風景

炊き出し風景

ワカメパン

ワカメパン、だろか。。。

被災された方々、支援者が同じ釜のメシを喰らうのは、やはり、楽しい。
一瞬でも、昨日の悲しみや、明日への不安を、
忘れることが出来たことだろう。

陸前小野復興祭

ライブの模様

ライブの模様

上北谷地談話室のゲリラライブ

地元の方々には、「震災を忘れられたのではないか」という、
漠然とした不安がある。
その根底には、遅々として進まぬ復興への苛立ちがあるのではないか。

阪神淡路大震災と東日本大震災で比較にならないのは、
津波被害の甚大さである。
かつて、開拓された住宅街や、敷設された路線は、現状復旧では、
再び、津波被害に遭う可能性がある。
新たに山を切り開き、高台移転をしなければならない。
そこには、莫大な費用と膨大な時間が必要なのである。

震災の風化が叫ばれる中、
被災された方々の心を潤すのは、
こうした、人と人との交流に他ならない。

東北の復興は、まだ道の遙か先にある。

復興へ!

東日本大震災で亡くなった全ての方に
謹んで哀悼の意を表するとともに
ご冥福をお祈り申しあげます

ワカメ収穫

復興プロジェクト 東松島ワカメ

【特集】復興への飛躍④

3月10日復興イベント 野蒜小学校素振りイベント

News『今、スポーツは「東松島市立野蒜小・尾形凌君」』(日刊スポーツ)
News『迫る津波…心支えた「ファイト!」 宮城・野蒜小』(産経新聞)

About 『野蒜小学校


東松島にはB級グルメがない。
「ワカメを東松島の新たな名産にしよう」という取り組みの中で、
地元にB級グルメを作ろう。と、いう試みが始まった。

震災当時から、継続支援をしている方の中には、
料理研究家もいた。
ぜひ、色々と試してみようということになった。

「生ワカメのしゃぶしゃぶ」というのは、絶品らしい。
しかし、その他の料理への取り組みも始まった。
写真は、『七隈っ隊』の池下氏宅で行われた、ワカメ試食会の様子である。

ワカメしゃぶしゃぶ

ワカメしゃぶしゃぶ

ワカメ餃子

ワカメ餃子

ワカメパスタ

ワカメパスタ

ワカメ試食会

その他、様々な料理が試作された。
七隈っ隊HP『ワカメの試食会を開きました
3月10日、11日には現地に赴き、ワカメ料理の炊き出しを行う予定だ。

こうした試みの先には、ワカメ市場の開拓と、
地元の雇用促進も見据えられている。
ワカメのB級グルメを地域に根付かせ、
いずれは現地工場を作って、雇用の促進やワカメ流通の安定に、
ひと役、買おうというのだ。

震災から一年が経とうとしている。
津波の怖ろしい映像で、震災の悲惨さを思い出すのではなく、
こうした試みが、例えば東松島のワカメ料理が、
全国の消費者に届くことで、被災地が思い起こされれば、
それが、希望の復興便りになるに違いない。

今、東松島は正に、飛翔しようとしている。(了)

【特集】復興への飛躍③

宮城のワカメを支援していると言うと、必ずと言って良いほど、
放射能汚染は大丈夫?」と、訊かれる……。

東松島ワカメを、地元の新たな名産にして、復興の第一歩を踏み出したい。
そんなプロジェクトが始まったのは、昨年末のことである。
まだ、津波で海没した土地の、買取価格さえ決まっていない時期だった。
夏をピークに、支援の波が次第に沈下を始め、
地元でも、自治による復興への意欲が高まり始めていた頃、
ワカメの種付けも、始まっていた。
最初は、津波で破壊された瓦礫等を撤去することから、始まった。
マイナスからの、スタートである。
そして、ようやくワカメの収穫を迎えた時期、彼らを悩ませたのが、
放射能海洋汚染であった。

東松島の献上海苔を凌駕するワカメの生産をしたい。
地元の思いは、ひとつだった。
しかし、県外の「放射能に汚染されたであろう瓦礫受け入れ」問題で、
様々な地域において、反対の声が高まった。
これによって、周囲の放射能汚染への危機感が、更に高まる結果となった。
この逆風の中、東松島のワカメは収穫を迎え、出荷の準備を始めていた。

漁師の尾形さん、プロジェクトの宮澤さんたちは、
真摯に、首都圏での放射能への反応を受け入れ、
出荷時期を過ぎても尚、ワカメ放射能検査の結果を待った。
実際、そうした検査を受けずに、市場に出回った海産物も、
少なからずあったであろう。
それでも、尾形さんも宮澤さんも、より良いワカメを届けたい一心で、
検査の結果を、待ち続けた。

そして、地元漁協から、ワカメの放射性物質の検査結果が、送られて来た。

放射能検査結果

結果は放射性ヨウ素(I-131)、セシウム(CS-134,CS-137)、カリウム40(K-40)全て、
不検出という結果となった。
しかし、「これでは信用に足る結果ではない」と、宮澤さんは判断した。
検査結果表には、放射性物質の測定下限値、測定方法、
測定機器が明記されていないダケでなく、
測定後に問い合わせても、明確な回答が得られなかった。
そこで、プロジェクトは、新たにつくばにある民間研究所に、
検査を依頼する手段を取った。
何より、消費者の安心安全と、東松島の名誉にかけた対応である。

放射能検査結果

結果は、信用たる方法で検査され、汚染の心配も無いことが判った。

しかし、その後、宮澤さんより、下記のメールが届いた。
出品を目標としていた2月初旬から、三週間近く遅れた頃のものである。

今年のワカメは、少々色落ちし始めて来たため、自信を持って出せる
 ワカメに限りが 在るようです
 サンプル的に少し配ったりするのは良いかも知れませんが、
 正直来年に期待を寄せるしか無いと思われます
 製品を作るにも良質のワカメが無いと無理なので、
 試作用とかに使ったり来年の構想を皆さんで練りましょう

漁師の尾形さんは、目先の利益よりも、
天皇献上品を納めていた生産者としての、誇りを選んだ。
つまり、今年は尾形さんが納得のいくワカメの生産が少ないため、
メガネに叶わなかったワカメは、試供品や商品開発の材料にしようと、
判断したのである。

放射能検査が、少しでも早く終わっていれば。
ワカメの鮮度が保たれていれば、
少しは、今年の収入が見込めたかも知れない。
喉から手が出る程の生活費を見送って、来年に賭ける決意を固めたのだった。

当然、民間機関に、検査の依頼を出せば、検査費用が掛かる。
更に、放射能の安全を確かめる為の時間が経過した為、
鮮度の落ちたワカメは、商品にはならない。
プロジェクト・リーダーの宮澤さんは、東京電力への、賠償について、
問い合わせをした。

「昨日東京電力に、通常行わなくて良い検査、放射能検査をしないと
 御客様が信用してくれない
 それに関わる費用を東電の何処に請求書送れば良いですか
 に対しての返答が来ました
 思ったより対応の早いことに驚きましたが、次の対応はどうなるか
 電話をしてみるつもりです
 県にメールした時は1か月以上たって返答が来たのに対しては
 早かったです

宮澤さんは、こう前置きして、以下のメールを転送してきた。

※東電回答、全文掲載。
弊社の福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における
 事故により、 発電所の周辺地域の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまに
 大変なご心配とご迷惑をおかけし、心より深くお詫び申し上げます。

 当社といたしましては、原子力損害賠償支援機構法を含む原子力損害賠償
 制度の枠組みの下で、原子力損害賠償紛争審査会の
 「東京電力㈱福島第一、 第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲
 の判定等に関する中間指針 (以下 中間指針という)」を踏まえ、現在確定
 できる損害に対して公正かつ迅速にお支払いをさせていただくための基準を
 平成23年8月30日にプレスリリース※、平成23年9月より本格的な賠償を
 はじめさせていただきました。
 賠償に関しましては、福島原子力補償相談室0120-926-404
 (受付9:00~21:00)までお問いあわせください。

 〈参考〉
 ※弊社ホームページ上に主な損害項目における補償基準の概要について
  プレスリリースされております。
 http://www.tepco.co.jp/cc/press/11083005-j.html

 ——————————————————-
 東京電力株式会社
 福島原子力補償相談室(コールセンター)
 電話:0120-926-404
 ——————————————————-

結果として、東京電力曰く、今回の賠償は福島県内に向けてのもので、
宮城県のワカメは対象外という回答を寄越した。

今日、尾形さまに聞いた所によると
 宮城は福島なら被災ちとして認められるが宮城は含まれていない
 でも、書類は送りますという話を聞きました
 この話では、東電は福島は面倒見ますが、その他の地域は関係ないでも
 書類は送りますみたいな話に成っております
 どうか、弁護出来る方長い目で之を支援してくれる方
 この話に意義唱えましょう
 弁護士や司法書士の皆さま、一歩前に出ましょう!!

上記の問題については、早急な回答は出ないであろう。
しかし、復興への足取りを止めるワケには行かない。
日々、生活する上で、手持ちの現金は消費され、
収入なしには、生きていられない現状が眼前にある。

プロジェクトは、賠償問題に取り組みながらも、
東松島に、新たな名産品を作るための歩みを止めることはなかった。
それは、宮澤さんが「東松島にはB級グルメがない」
そんな提案から、動き始めたプロジェクトであった。(つづく)

※次回は、東松島の一風変わった名産づくりについて

【特集】復興への飛躍②

東松島ワカメ 東松島ワカメ

これは、2月2日、3日に渡りパシフィコ横浜で行われた、
震災対策技術展』で配布された、チラシである。
裏面には、復興に賭ける地元の方たちの決意が込められている。

1月下旬、東松島にワカメの収穫時期が迫った。
東松島の漁師、尾形さんやワカメ・プロジェクトのリーダー宮澤さんは、
前述の『震災対策技術展』に、ワカメ製品の出品を検討していた。
しかし、ワカメは例年よりも成育が遅く、
出品時期に収穫が間に合うかが危ぶまれる事態となった。
更に、頭を悩ませたのが、『放射能問題』であった。

プロジェクトは地元の漁師さんと、都心に住む支援者で、
構成されている。
都心の支援者は特に、放射能汚染問題にこだわった。
ワカメを販売するには、信頼たる機関で行われた放射性物質の検査で、
国が定めた基準値を、最低限パスしていなければならない。
と、いう意見が一部にあった。

放射能の海洋汚染については、宮城県が運営する、
放射能情報サイト
が、空間線量の他、港湾の測定結果も、
逐次、公開している。線量、測定値共に、問題ないと判断された。
しかし、実際の商品で測定結果が出ていないことには、安心出来ない。
収穫したワカメの検査は、東松島宮戸漁協を通じて、
行われる手筈であったが、検査結果が出るまでには、時間を要した。
万一の事態があれば、東松島の名に傷を付けかねないとして、
宮澤さん達は、慎重な対応をする結論を出した。

そして、2月2日。『震災技術展』が開催された。

七隈っ隊平川梅村 七隈っ隊梅村
応対する宮澤夫妻

宮澤さんたちは、この技術展で、ワカメの販売を取り止めた。
放射能検査の結果が出るまでは、『塩蔵ワカメ』のサンプルと、
販売予約のチラシのみ、配布をすると決めたのだった。
それが、冒頭に添付したチラシである。
右手にあるチラシ(裏面)の問い合わせ欄は、
尾形さん、宮澤さん共に仮設住宅の住所である。

地元の方たちは、この仮住まいから、新たな一歩を踏み出そうとしていた。(つづく)

※次回は、放射能検査との戦いと東電賠償問題について。

桃の節句

東松島、上北谷地応急仮設住宅の談話室は、
ひと昔前の、長屋の様な風景になっている。
わずか、55戸の小さな仮設団地だが、
オルガン教室を開くなど、団地の自治が活発だ。

何より素晴らしいのは、
一人暮らしのお年寄りから、小さな子供まで、
この談話室に集まって、交流が出来る。
助け合いのコミュニティーが形成される点では、
ないだろうか。

写真は今日、3月3日ひな祭りの様子である。
ひな人形は、支援者から贈られたものだ。
何とも、和やかな写真。。。

被災地は、震災一年後の「311」ではなく、
春の訪れを、待っている。

桃の節句

桃の節句

桃の節句

【特集】復興への飛躍①

東松島では、ワカメで地元を復興させようという、試みが始まっている。
東松島といえば牡蠣が名産だが、宮戸沖で収穫されるワカメも逸品である。

宮戸沖地図
Google種花Map

2011年3月11日。東松島はM9.0の地震に見まわれ、
その津波により、壊滅的な被害を受けた。[松島湾の復興
地元漁師たちが、復興に向けての第一歩として手を付けたのが、ワカメだった。
かつては、天皇献上品としても名高い「献上海苔」なども生産していたが、
製造には、海苔を乾燥させる機材など、設備投資に莫大な資金が掛かる。
そこで、成育も早く、設備投資が少なくて済む、ワカメを選んだ。
東松島の極上牡蠣と海苔
ノリ養殖網、未来乗せ浮かぶ](毎日新聞)

宮戸の漁師、尾形さんは、海苔包装の機械を新たに導入した矢先、
津波で自宅から工場、漁場までを失った。
『ワカメ・プロジェクト』と、名付けられた復興隊のプロジェクト・リーダー宮澤さんとは、
震災以前、その機械のメンテナンスを依頼したことから、親交が深まったという。

養殖用のロープを張り、種を付け、
極寒の海に出ては、ワカメの成長を見守る日々が続く。

ワカメ収穫 ワカメ収穫 ワカメ収穫

そして、2012年に入ってから、東松島のワカメ収穫が始まった。
しかし、その先からが前途多難であった。
折りしもの不況ダケでなく、地域の流通機能も失われているため、
商品にしたワカメの販売先から、捜さねばならないのだ。

リーダーの宮澤さんは、「津波で全てを失った」。
だからこそ、東松島に、新たな名産「ワカメ」を育てようと、
意気込んでいる。(つづく)

※次回は、ワカメ販売への努力、放射能との戦いについて。