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放射能と母子手帳

宮城県東松島市、上下堤応急仮設住宅の、
自治会長から、メールが届いた。
仮設住宅の、お隣さんが、妊娠された。
しかし、『母子手帳』と共に配布された冊子の内容を読んで、
心配しているという。

厚労省冊子1 厚労省冊子2 厚労省冊子3

厚労省冊子4 厚労省冊子5 厚労省冊子6

厚労省冊子7 厚労省冊子8

同様の物が、厚生労働省のホームページからダウンロード出来る。
妊娠中の方、小さなお子さんをもつお母さんの放射線へのご心配にお答えします。(PDF:1250KB)

また、厚労省は、報道発表も行なっている。
報道発表内容
4月7日付の発表なので、既にご存じの方も多いだろう。

放射能問題について、このサイトで詳しく言及することはしないが、
冊子の冒頭に書かれている様に、
過度な心配をしない」ことが一番、大切な様に思われる。
が、「安全だ」「問題ない」と羅列された資料を渡された妊婦が、
過度な心配を募らせるのでは?」と、逆に心配になってしまうのも事実である。

放射能の影響は、地域や場所等によっても、
大きく状況が変わる。
福島第一原発の北に位置し、黒潮の影響も多い、
東松島では、現状を不安視する住民も多いのではないか。
地域個別の対応が、望まれる所である。

昨日、東京電力が、事故当時のテレビ会議映像を一部公開した。
東電テレビ会議映像 原子炉冷却のための決死隊提案など明らかに(FNN)
しかし、全面公開されないコトや、P音等での映像音声加工もあり、
一部のメディアが、これを批判している。
「社員保護のため制限」=原発事故のテレビ会議映像-東電(時事通信社)
東電事故映像 条件付き情報公開は不信招く(8月7日付・読売社説)

こうした隠蔽体質が、今さら噴出している、この状況下で、
次世代の子を宿す、妊婦たちは何を信じれば良いのだろうか。

住宅再建問題

本日、2月10日。復興庁が誕生した。
2012.2.10 REUTER[被災地再生へ復興庁がスタート
復興庁HP 野田総理の動き(日本政府)

なぜ、今更。という感は否めない。
菅内閣退陣、野田内閣発足という政局の混乱が、
国の対策を遅らせたことも、一因であろう。

それに先駆けて、東松島では、
住宅再建への説明会が行われた。
以前、[津波の爪痕]で紹介した宮澤邸は、
土地評価額の1.2倍となったそうだ。
約1000平米の土地が、市街化調整区域という事もあり700万円まで、
届かない計算になるそうだ。

住民の足となる仙石線も、
2015年度中に全線復旧との報道は流れたものの、
2012.2.06[JR仙石線は2015年度中に全線復旧](日経BP)
津波被害が甚大だった矢本―野蒜間は、500mの高台移転が予定されており、
それまで、その地域に住む人々は、電車のない不自由を強いられる。
・[要望書-住民の足

莫大な資金を投じての復興事業になるが、
住民にとっては、住宅再建以上に、生活再建が急務である。
東松島市は、国の「環境未来都市」構想のモデル地域に選定されており、
「地域住民を置き去りにした、復興事業に取り掛かっている」と、いう声もある。

以下に、住宅再建に関する配布資料を添付した。
住宅再建

住宅再建 住宅再建 住宅再建

被災された方々が、最も望んでいるのは、
生活再建、つまり仕事の安定だろう。
去る2月6日、気仙沼では「三陸わかめ」の収穫が始まった。
テレ朝News[【震災】気仙沼で“ワカメ漁”再開 全国出荷へ

東松島でも、わかめの栽培、収穫に追われている。
これが、生活再建、復興の狼煙になるに違いない。

松島湾の復興][帰りたい風景

仮設住宅の防寒工事

News 仮設住宅

防寒工事の遅れが指摘されていた宮城県でも、
一部の地域で、工事が佳境に入っている。

 詳細[防寒対策予定表(東松島市)]

第一期工事として、外壁断熱工事が施工され、
現在は、第二期として、風除室設置工事が、まもなく終了しようとしている。

二重サッシ
※二重サッシ 結露防止、断熱、防音に効果がある

風除室1 風除室2
※風除室 屋外の冷気や暖気の流入を妨げ、屋内の室温を保つ

更に、追加工事として、給気口工事が予定されている。
給気口は、暖房による一酸化炭素中毒を防ぐ効果を期待してのモノだが、
寒気が流入する可能性もあり、総合的な効果の程は、
工事が完了しないと、判らないと言った所だろう。

これから、新年に向けて、
仮設住宅に帰省する人たちも多いと思われる。
住居は、住民数によって、広さが別けられている為、
・[仮設住宅の間取り
帰省客が、寝泊まりすることが出来ないことが懸念される。
上北谷地の仮設住宅では、
「空室をゲストルームとして、提供できないか」と、
東松島市に要望しているが、
県の方針で、仮設住宅を運営している為、
容易では、ないらしい。

宮城県の臨機応変な対応が、望まれるところだ。
※提案書『仮設住宅の空き部屋有効利用』 が、宮城県知事に提出されました。

上北谷地仮設住宅は、小規模団地の為、工事の進捗が早いが、
未だ、防寒工事が終了していない地域もある。
更に、
東海新報社[大船渡市の仮設住宅、止まらない入居希望者
で、報じられている様に、未だ仮設住宅への入居が叶わない方たちも居る。

11月26日、岩手県大船渡市の気温は最低3°C、最高8°Cの予報。
宮城県東松島市では、最低4°C、最高9°Cの予報で、
気温は日増しに、低下している。

仮設住宅の越冬準備は、まだまだ整備が必要な状況だ。

SINCE311 被災地の軌跡 仮設住宅

仮設住宅の越冬準備

News 仮設住宅

東松島では、仮設住宅の越冬準備が始まっている。
市の対策として施工される、外壁断熱工事や、
風除けの為の、サッシや網戸の設置、暖房便座の取り付けが、
行われている。[防寒対策予定表(東松島市)

断熱工事 断熱工事 断熱工事

この地域では例年、初雪が11月下旬頃に観測され、
積雪を伴う降雪は、12月下旬以降となる。
仙台平野が、太平洋に向けて広がり、
海洋性気候で沿岸部は比較的、積雪が少ないようだ。
・Wikipedia [仙台の気候

日本気象協会のアメダスによると、
11月7日の気温は最高15.3℃、最低12.2℃と割合高く、
気温の上では、越冬対策は、これからが本番といえる。
・tenki.jp [東松島のアメダス

仮設住宅には、最低限の暖房設備があるが、
現在、量販店などでは、仮設住宅に住んでいる方々の、
暖房器具の新調が、盛んなようだ。
11月3日付の日経新聞によると、コタツが昨年の2.7倍、
コタツ布団が7倍の売上を記録しているという。[記事

また、結露による被害が出ないよう、周知がされている為、
厚手の部屋着や、「着る毛布」の売れ行きが好調なのだという。

上北谷地の仮設住宅から、談話室の写真が届いた。
仮設住宅への支援]で紹介したよりも、
内容が、更に充実している。
この場所が、子供たちの遊び場になり、
お年寄りの憩いの場となれば、懸念される[孤独死問題]は、
大分、軽減されるだろう。

2011年3月11日。この地方は、雪が降っていた。
津波に呑まれ、凍死した方も多かった。
初雪が振ると、このトラウマが蘇るという方もいる。
本当の越冬準備は“心”への温もりなのかも知れない。

仮設住宅の課題

2011年10月11日 被災地の仮設住宅では14時48分 各地で黙祷が捧げられた。
・NHK [震災7か月 仮設住宅で黙とう
一方で、
・時事通信[不明者なお3923人=仮設住宅98%完成
と、いう厳しい現実も明らかになった。

また、同宮城県石巻市では、東松島市から一ヶ月遅れて、
最後の避難所が、閉鎖となった。
・産経新聞[石巻市で避難所閉鎖へ 最大時5万人が利用
被災地は、間もなく訪れる冬に向けて、慌ただしく準備を進めている。

最後に仮設住宅を訪れたのは、9月初旬。
まだ、残暑厳しい最中のことであった。

ひびき工業団地 SLIDESHOW
ひびき工業団地
上北谷地仮設住宅 上北谷地仮設住宅
上北谷地仮設住宅

かつて、阪神淡路大震災や、新潟中越地震で経験したように、
仮設住宅で、一番の課題となっているのは、
「孤独死」の問題だ。[仮設住宅の生活
無論、それだけでは無い。
一般家庭が遭遇する、騒音問題や隣人同士の軋轢など、
小さなイサカイも必ず起こる。
こうした現状には、警察が細心の注意を払って、
各仮設住宅を巡回している。
我々が、現地に行った際には、沖縄県警のパトカーと遭遇するなど、
警察は未だ、多くの人員を割いて、被災地の治安維持に当たっていた。

こうした問題の解決には、被災によって崩壊した、
地域コミュニティーの再建が、不可欠となる。
全く知らない者同士が突然、トタン一枚隔てた団地に済むのである。
互いに、よりよい生活の工夫が、必要だろう。

もう一つ、仮設住宅には、冬に向けての大きな課題がある。
それは、寒さ対策。越冬準備である。
仮設住宅の設備は、各自治体によって、様々なようだ。
宮城県の対策が不十分だとの報道も、一部にはある。

・毎日新聞[仮設の冬、不安抱え 寒さ対策、後手

被災地に家族や知人の居る方々は、
当然、防寒対策の支援を、お考えであろう。
しかし、幾つかの注意点があるようだ。

仮設住宅の壁は30mmウレタンの断熱材があるのみで、
結露を生みやすく、「化石燃料ストーブの支援は不可」と、
現地には、通達されているらしい。

以下は、自治体が配布した、防寒対策の告知である。

防寒チラシ1 防寒チラシ2

また、厚生労働省も、被災地の防寒具配布に乗り出している。

・朝日新聞[仮設住宅の石油ストーブ・こたつに補助 厚労省

震災直後も経験したことだが、
被災地のニーズと、支援者の意図はには少なからず、齟齬が生まれる。
今後、仮設住宅の越冬について、細やかな情報を、発信して行く。

SINCE311 仮設住宅 仮設住宅の生活

要望書-住民の足

News 仙石線

宮城県東松島市の避難所が閉鎖されて、一ヶ月。
仮設住宅での暮らしも、少しずつではあるが、形になり始めている。
しかし、そこで枷となっているのは、住民の“足”である。
地元の欠かせない“足”である仙石線の被害については、前述の通りである[仙石線

仙石線

地元では、仙石線の不通区間において、様々な問題が、噴出している。
そこで、地域一丸となって、要望書を集めているという。
特に、問題となっているのは、

・不通区間の運行バスの本数が少ない
・バスに乗車制限があり、非効率である
・通勤に自家用車を使う人が増え、渋滞が慢性化している

通常、1時間程度で済む石巻-仙台間を、
2時間以上掛けて、通学している学生もいるという。

仙石線[高城町-矢本]運転見合わせ詳細(JR東日本)
仙石線<松島海岸~矢本間>代行バス時刻表(JR東日本)

以下に、住民が集めている要望書を添付した。

JR仙石線の現況路線仮復旧による早期運行再開に対する要望書

要望書表紙要望書本文
Clickで拡大

内容を読めば判るが、復興の兆しがあるといえど、
未だ、被災地はインフラすら復旧していないのが、現状である。

仙石線周辺地図
あおば通-石巻

仙石線路線図

仙石線路線図 高城町-矢本 間にて不通

間もなく、被災地は冬を迎える。
車を流された被災者や、運転できない高齢者にとって、
仙石線不通の影響は、余りに大きい。
一刻も早い、復旧が求められている。

しかし、10月1日に地元自治会とJRが合意した、
仙石線 野蒜駅・東名駅 移設案の完成は、
三年以上かかると、見られている。

仙石線

News 仙石線

野蒜駅からもっとも近い野蒜海岸、ファミリーで楽しめる、蛤浜、水のきれいな月浜、
大浜、室浜と東松島市には5つの海水浴場があります。

野蒜海岸

Click! 野蒜海水浴場

これは、東松島市観光物産協会のHPにある、海水浴場の紹介文である。
松島は日本三景のひとつであるだけでなく、
宮城県有数のレクリエーション・スポットでもあった。
特に、野蒜海岸は波のうねりも高く、絶好のサーフスポットだったという。

野蒜海水浴場

Click! 東松島タウンガイド

しかし、野蒜海岸の最寄り駅である野蒜駅は、津波で甚大な被害を受けた。[野蒜駅
野蒜駅を通るJR仙石線は仙台と石巻を結ぶ、地元住民の大切な“足”だった。
その“足”が、完全に奪われてしまった。
津波被害を受けて、L字型に脱線した車両をニュースで目にした方も多いだろう。

 
震災の瞬間、列車は“東名-野蒜”付近を運行していた。
万一、列車が止まって踏み切りを遮っていたら、海側に居た人たちは、
逃げる術を、完全に失っていただろう。
更に、多くの被害者を出していたに違いない。

仙石線路線図

2011年9月28日現在、未だ“東名-野蒜”間は不通となっており、
その区間は、振替バスが運行している。
震災後、津波被害に遭った野蒜駅は、更に山側へ300メートル移設される、
計画で調整が進んでいる。

・河北新報[仙石線・東名―野蒜間、内陸移設 JRと沿線自治体が調整

野蒜駅から津波到達地点まで、直線距離で約400メートル
300メートルで、安全が確保できるか、疑問が残るところだ。
しかし、更に安全な山側に駅を作る場合、山を切り開く大工事となる。
問題は、それだけではない。

野蒜駅周辺地図
Click で拡大

仙石線は、陸前山下駅 – 石巻港駅間で日本貨物鉄道(JR貨物)の貨物支線も持つ。
無論、貨物線も多大な被害を受けた。

このビデオは、石巻製紙工場付近の映像だが、
コンテナや駅が壊滅している様子が判る。[復興の兆候

 
地域経済の復興を考えれば、早急な路線の復旧が求められる。
仙石線は、地域の“足”であるダケでなく、
被災地経済の、重要な生命線となっているのだ。

・朝日新聞[日本の経済支えるローカル貨物 傷だらけの復興

被災地の工場が次々と復旧し、稼働を始めている。
作られた製品を運ぶには、路線の開通が不可欠である。
仙石線の、いち早い復旧が望まれている。


震災当時のニュース映像


SLIDESHOW
SLIDESHOW

野蒜小学校

野蒜小学校
種花Map拡大表示

現地に赴くと、必ずと言って良いほど、野蒜小学校が話題に上がる。
ここで起こった悲劇は、人災だった。被害は防げたと語る人もいる。

9月4日、荒廃した野蒜駅には、未だ野蒜小学校を避難場所に指示する、
津波避難サインが掲げられたままとなっていた。

小学校で起こった悲劇は既に以前、記事にしている。[野蒜で何が起こったか

駅改札 津波避難サイン

避難場所に指定された、野蒜小学校の体育館に避難した方々は、
津波に襲われ、30名近くの人が亡くなった。
泥水が館内に流れ込み、渦を巻いて人々を呑み込んでいったという。

運良く、校舎に避難した者たちも、津波被害や低体温症で命を落とした。
校舎の三階への通路は、施錠されていたという噂もある。
三階に避難していたら、難を逃れた者もいたかも知れない。

また、野蒜小学校が危険と気付き、車で別場所に移動しようとした者も、
混乱を避けるために取られた、通行止め措置で足止めされ、
車内で津波に遭った人がいるという噂もある。

遺族の心情を思えば、居た堪れないが、
この未曾有の大災害において、行政や個人の責任について、
言及することは、しない。
しかし、野蒜小学校の手元の写真と、新聞記事を時系列に並べ、
ひとつの、記録としたい。


3月12日
野蒜小学校

震災翌日 野蒜小学校 3月12日 9:46

野蒜小学校0312 野蒜小学校0312 野蒜小学校0312
・河北新報[仙台の避難所「寒い」一睡もできず、2000人体育館で一夜](宮城)
 [ニュース一覧][写真一覧


3月14日
野蒜小学校0314 野蒜小学校0314
・産経新聞[津波が避難所を襲った 「200人以上遺体」の宮城・東松島
・河北新報[手掛かりひたすら求め 仙台・荒浜 七ヶ浜 東松島](宮城)
 [ニュース一覧][写真一覧


3月19日
野蒜小学校0319 野蒜小学校0319
・河北新聞[住み慣れた家無残 あふれる土砂 言葉失う 東松島・野蒜](宮城)
 [ニュース一覧][写真一覧


3月21日
野蒜小学校0321 野蒜小学校0321
・河北新報[「いた!見つかった!」 家族、あふれる涙 9日ぶり救出
 [ニュース一覧][写真一覧


4月11日
野蒜小学校0411
・河北新報[仮設建設「最大ピッチで」 菅首相、石巻を初視察
 [ニュース一覧][写真一覧


4月24日
野蒜小学校0424
・河北新聞[宮城山元漁協「早く海へ出たい」 埼玉の会社が小型船提供
 [ニュース一覧][写真一覧


4月26日
桜
・産経新聞[楽しい時間で心のケア 東松島市の野蒜小で花見
 [ニュース一覧][写真一覧


SLIDESHOW
SLIDESHOW

野蒜小学校の変遷 3.12 to 4.24


9月4日現在、野蒜小学校の校庭には砂利が敷き詰められ、
ボランティアの活動拠点となっている。

野蒜小学校 9/4

避難所最後の日

[English]
2011年8月31日。
宮城県は最後の被災者が避難所を後にし、全ての施設が閉鎖された。

避難所を出る、千葉さん

鳴瀬住環センター(あいあい)避難所を出る、千葉さん(撮影:伊藤さん)

この方が、初めて炊き出しに伺った日、
一緒に周囲へ告知して回って下さった「千葉さん」である。[あいあい避難所
そして、今ではメル友となった「千葉くに子」さんが、こちら。(写真左)

千葉くに子さん 梢さん、西ヶ谷さん、伊藤さん

写真右、ピースをしているのが、避難所リーダーの奥様「伊藤信子さん」。
二度目に伺った際には、現地の段取りなど、色々とお世話になった。
そして、左から、梢さん、西ヶ谷さん。
皆、一つ屋根の下、家族のように避難所生活を、送っていらっしゃった。

西ヶ谷さんも、避難所最後の日に、施設を出られた。
NHKが取材しようと市内を回った際、既に皆出払っていて、
実質、最後に避難所を出た方になるらしい。

インタビューを受ける西ヶ谷さん

NHKのインタビューを受ける西ヶ谷さん(撮影:伊藤さん)

この避難所にいらした方々は、皆一様に明るい。
「避難所生活が長いと、ご苦労もあるでしょう」と、訊ねると、
「皆がいるから、楽しいわよ」と、笑顔で答えて下さる。
もちろん、その下に深い恐怖と悲哀があるのかも知れないが、
それを微塵にも感じさせない、強さがあった。

先日、伺った際には、
「今度は、戻り鰹の時期にいらっしゃい」と、仰って下さった。
まるで、第二の故郷が出来たようである。
家族のような繋がりで、今後も現地に、足を運びたい。

あいあい避難所

「種花」ALBUM

あいあいが取材を受けた新聞記事

あいあいが取材を受けた新聞記事

千葉くに子さんのお宅に咲いていた花は、
朝顔が空を見上げ、向日葵が種を実らせ、頭を垂れている。

朝顔 向日葵

夏の終わり、宮城県で全ての避難所が閉鎖となり、
被災地は、新たな一歩を踏み出すことになる。
震災半年。
お涙頂戴の感動ドラマは要らない。
明るく、逞しく、前を向いて歩く姿があれば良い。
誰もが、その背中に壮絶なドラマを、
背負っているのだから。

野蒜駅

News 仙石線][English

9月11日(日曜日)東日本大震災、六ヶ月を迎える。
野蒜駅は、東松島地域の、震災後半年を綴る上で、
象徴的な場所と言えるだろう。

野蒜駅

2011年3月11日 午後2時46分 東北地方太平洋沖地震 発生

マグニチュード9.0の地震が、日本を震撼させた。
家屋は倒壊し、周囲で停電が起こる。

2時47分に止まった時計

2:47で停止した時計(右上)

駅の入り口に掲げられた時計(写真右上)は、地震が発生した1分後の2時47分で停止している。
恐らく、時計が電気制御のため、停電や断線によって停止したモノと思われる。
その時、仙石線は野蒜-東名間を運行していた。列車は地震と、その後の津波によって脱線した。



午後4時頃、津波被害発生

地震による津波は、観測史上まれに見る速さで到達したといわれている。
その高さは、野蒜に最も近い鮎川験潮所で7.6メートル以上を観測しているが、
その後、験潮所が津波で破壊されたため、正確なデータは計測されていない。

駅構内の時計 駅員室 駅改札

津波被害は、甚大だった。
この震災で亡くなった方の約9割が、津波による水死と、推定されている。
この津波到達までの、僅かな時間が生死の明暗を分けた。

津波避難サイン

指定避難所とされている『野蒜小学校』で、この後に起こった悲劇は、
過去の記事で触れている。[野蒜で何が起こったか




トモダチ作戦

津波被害は、近くにある航空自衛隊松島基地を壊滅させた。
・河北新報[空自松島基地 機能回復せず

地元自衛隊が壊滅的な打撃を受ける中、日本全国の自衛隊が被災地に出動し、
被災者の救助や、避難所への炊き出し、
行方不明者の捜索や遺体の回収に当たった。
・AFP[【写真特集】震災被災地で活動する自衛隊員ら

その最中、4月5日より米軍によるトモダチ作戦が決行される。
仙石線も、4月21日より、在日米軍と自衛隊の共同作戦として決行された
「ソウルトレイン作戦(米軍名)」で、脱線した車両や、
被災した路線の復旧作業に当たった。
・読売新聞[日米共同、仙石線復旧へ「ソウルトレイン」作戦

7月16日までに、多くの区間が復旧開通したが、
野蒜駅の復旧は、未だ手付かずである。
不通区間は、バスが運行しているが、その本数は充分と言えない。

仙石線ホーム 線路 ホームの花

宮城県東松島市の避難所は、全て閉鎖され、
多くの被災者が、仮設住宅での生活を送っている。
車を失った方々においては、移動の手段すらないのが現状で、
コンビニ近くの仮設住宅に応募が殺到するなど、
「仮設格差」も、生まれ始めている。
今後、訪れる冬に向けて、被災地への、
「温もり」の支援が、必要とされている。

未来へ