Tag Archives: 気仙沼

気仙沼魚市場の再開

去る6月23日、気仙沼魚市場が再開した。
かつて、気仙沼港は生カツオの水揚げ全国一を誇っていた。
宮城県や気仙沼市、漁業協組は、例年6月中旬に始まるカツオの水揚げを目標に、
地盤沈下した岸壁整備や水揚げ設備の復旧を進めてきたという。

気仙沼の被害は甚大だった。
地震、津波被害のみならず、
広範囲での火災がメディアで大きく報道された。
深夜、燃え広がる火災映像は、まるで地獄絵図のようであった。

 
だが、被害は、それだけでは無かった。
国土地理院の調査の結果、この地殻変動により76cm の、
著しい地盤沈下があると判った。
地殻変動が、気仙沼湾海底を最大10m 削ったとする調査結果も発表されている。

気仙沼の主産業は漁業。
特にカツオ、マグロ、サンマ漁が盛んである。[気仙沼の漁種
しかし、漁港が壊滅的な被害を受け、復旧は前途多難と思われた。
それから、三ヶ月。関係各所のたゆまぬ努力で、
6月18日、漁協が魚市場の再開を発表する。

・産経新聞[気仙沼の魚市場は23日再開

幸い、カツオの漁場は、6月中旬の時点で、
房総半島の南南東約350キロの八丈島付近にあり、北上は遅れ気味だった。
魚市場の再開は、まさに希望の光であっただろう。
カツオ漁の復旧に賭ける、地元住民たちの様子が記事に残っている。

・産経新聞[明日へ(上)][明日へ(中)

魚市場再開は、決して順風満帆ではなかった。
冷蔵、冷凍、加工などの施設がほとんど失われているため、
加工用になる冷凍カツオについては、水揚げを見合わせ、生カツオのみを扱った。
その取扱量も当面、50トンまで。徐々に増やして300トンにすることを目指した。

写真は、7月18日。漁再開から三週間後に撮影された、市場の様子である。

気仙沼魚市場再開 SLIDESHOW

写真には、漁業の本格再開に向けて助走する、
躍動感あふれる人々が、写されている。

しかし、カツオの水揚高は例年の6分の1と、まだ少なく、
本格再開には、時間がかかりそうだ。

気仙沼市魚市場統計資料
平成23年水揚高

出典:気仙沼漁業協同組合

 
現在、気仙沼では、サンマ漁が始まっている。
9月18日 『目黒サンマ祭り』では、気仙沼から「復興サンマ」5,000匹が届けられ、
復興の狼煙(のろし)を、上げた。


 
・東京新聞[目黒のさんま祭 気仙沼市民が振る舞う

気仙沼は、漁業の本格再開に向けて、
着実に、歩み始めている。

Advertisements

写真救済プロジェクト

English


0930 読売新聞[「思い出」6000枚輝き再び


想い出は流れない。

このプロジェクトの発起人は、高井晋次さん。
高井さんも津波被害に遭い、
営んでいた気仙沼のイチゴ農園が全滅となる被害を受けた。

ことの発端は、復興活動に従事る自衛隊が、瓦礫と写真をより分けている。
という、話を聞いたことからだという。

気仙沼の体育館に集められた写真で、
今も所有者が判らないモノは、120万枚に及ぶという。

気仙沼の体育館 体育館に運ばれた写真

写真の洗浄は、
まず、泥にまみれた写真を、アルバムから剥がすことから始まる。
水で丁寧に泥を落としながら、水道水で二度洗いをする。

写真洗浄

洗った写真は、トレイに移して専用の乾燥機にかける。

トレイに移された写真 写真乾燥機

損傷の激しい写真は、乾燥機にかけずに陰干しする。

陰干し1 陰干し2

綺麗になった写真を、アルバムに収納する。

アルバム収納1 アルバム収納2

アルバムは避難所となっている気仙沼市階上中学校に運んで、
そこに設置された「思い出ハウス」に展示され、閲覧可能となる。

思い出ハウス

「思い出ハウス」には、ご位牌や、その他の記念品も保管されている。

位牌 思い出ハウス

「去る人日に疎し」という。
長い年月の中、故人の想い出すら薄れてゆくのは余りに悲しい。
また、これから復興に立ち向かわねばならない人々にとっても、
過去の想い出は大切なモノだ。
いつか、更なる困難にブチ当たった時、
きっと、想い出が疲れた心を、励ましてくれるに違いない。
とても、素晴らしいプロジェクトだと思う。

「人の噂も七十五日」という。
被災地から離れた首都圏では、復興への関心が薄まりつつまる。
しかし、7月も終わりに近付いた今でも、
気仙沼の廃墟群は、津波の爪痕を残したまま佇んでいる。
こうした活動が継続して続き、新たな一歩になれば素敵だ。

車窓の風景

Storage Shad 流された記録 写真救済プロジェクト

Photo by Aya Fujishima


 
読売新聞 「思い出」6000枚輝き再び

津波受けた写真洗い持ち主へ

被災地で見つかった写真を洗浄すする「育て上げ」ネットのメンバーら

被災地で見つかった写真を洗浄すする「育て上げ」ネットのメンバーら ニートなどの若者を支援しているNPO法人「育て上げ」ネット(立川市)が7月から、東日本大震災の津波で汚れた写真を洗い、アルバムに入れて持ち主に返すボランティア活動を続けている。「生きた証しを持ち主へ」。そんな思いでメンバーらが汚れを落とした写真は3か月で、約6000枚に上る。

 結婚式でキャンドルサービスする若い2人、運動会の行事、旅先での記念撮影――。同市高松町の同法人事務所には、泥にまみれた写真がずらりと並ぶ。スタッフらは、写真をバケツにくんだ水に浸しながら、指で一枚一枚丁寧に汚れを落とす。その後は、ひもに洗濯ばさみでとめて乾かす。写真をみて涙ぐむ人もいた。「一枚一枚が重い」。スタッフの一人は話す。

 これまでに作業に参加した人は延べ約180人。同法人のスタッフや訓練中の若者のほか、口コミを通じて手伝いに来てくれた人もいる。役に立ってほしいと、ゴム手袋やマスクなどを寄付してくれた小学校もあったという。

 「気仙沼復興協会」(宮城県気仙沼市)の高井晋次さんが進める写真救済プロジェクトに賛同するかたちで、作業をはじめた。「現地に行けなくても、できることはあると考えた」と同法人の深谷友美子広域担当部長は参加の経緯を話す。

 同協会の高井さんによると、同法人などの支援で、きれいにされた写真は、気仙沼市内の体育館に並べられており、1日約100人が写真を捜しにやって来る。がれき撤去が進むにつれて写真も相次いで発見されており、まだ5000枚以上の写真の洗浄が終わっていないという。

 高井さんは「汚れた海水につかった写真は早く洗わないと劣化が進むので時間との闘い。(同法人は)随時、作業に応じてくれるので、本当に助かる」と話す。

 ボランティア活動を進めるうえで、写真の郵送料を負担したり、人手の点で苦慮している面もあるが、同法人の工藤啓理事長は「遠隔でも役に立てることもある。今後も続けていきたい」と話している。

(2011年9月30日 読売新聞)